
よろしくお願いします。まずは鳥潟さんのご経歴を教えてください。

学生時代は陶芸に興味があって、陶芸も学べるファッションの専門学校に通っていました。でも、陶芸の実習中に陶芸家の先生から「陶芸では食べていけない」と言われたことにショックを受け、陶芸家への道は断念。専門学校も中退し、その後はしばらく飲食店でアルバイトをしていました。

そんな折、たまたま兄に声を掛けられて建築現場の手伝いに行くことになったんです。現場では水汲みやゴミ捨てなど素人でもできる仕事があるんですよ。お小遣い稼ぎと思ってしばらく手伝いに行っていたら、兄に「この先どうしたいの?」と聞かれて、本格的に建築の世界に入ろうと思いました。

最初は賃貸管理や物件のクリーニング、クロスなど幅広く手がける会社に入り、1年くらい修行のような形でさまざまな仕事をやらせてもらいました。その後、仕事で知り合った方とご縁があって1人でクロス屋をすることになり、クロス一筋で22年間実績を積んできて、今に至ります。

22年間クロス一筋というのはすごいですね。お1人で仕事をされていると、1週間のスケジュールはどのようになっているのでしょうか?

仕事のスケジュールは現場や工期に左右されます。工期が短いと朝6時半から夜2時半までずっと働きっぱなしのときもあります。工事はだいたい工期が先に決まって、それから職人が決まるので無茶なスケジュールだとしてもなんとか終わらせないといけないんです。

休みはだいたい日曜日ですが、家事をしてからまったりとネットフリックスを見てリフレッシュしています。

現場に合わせて動くという感じなのですね。ちなみに建築業界に興味を持ったきっかけはありますか?

建築業界に興味があったというよりは、昔からものづくりが好きだったのが大きな要因だと思います。建築に関わった直接的なきっかけは兄の誘いですね。あの誘いがなければ、アルバイトをもっと長く続けていたかもしれないです。

作るのが楽しいと思ったきっかけは保育園だと思います。珍しい保育園で、のこぎりやナイフ、金槌など工具が揃っていて自分たちでなんでも作っていいというフリーダムなところでした。印象に残っている出来事は、発表会のようなイベントで自分で衣装を作ったときですね。余った布で小物を作って、余り布でさらに小さいものを作って……と、どんどん小さいものを作っていくのが楽しかった思い出があります。思い返すと昔からコツコツ地道に作業ができるタイプなのかもしれません。

小さいものを作るのが元々お好きだったんですね。クロス一筋でやっていこうと思ったのもそれが理由なのでしょうか?

細かい作業が好きだったので元からクロス屋に向いていたとは思いますが、最初からクロス一筋でやっていこうと決意していたわけではなかったです。兄に誘われて仕事をするようになったものの、兄が親方だったのでしっかり怒られることが多々あり、何か言われたり怒られると負けず嫌いが発動していました。

できるようになりたい、やってやろうという気持ちでがむしゃらに取り組んできた結果、ここまで来ましたね。もちろん負けず嫌いだけではなくて、できるようになるのが嬉しいし、達成感を味わえるので続けられたというのもあります。

ひたむきに仕事をしてきた結果今があるのですね。修行時代につらかったこと、楽しかったことを教えてください。

つらかったことはやっぱり頻繫に怒られたことですね。特に兄に怒られると口ごたえしたくなったり喧嘩になって大変でした。

楽しかったのは、初めて洋間全体を自分1人で貼れたときです。新人の頃はトイレの小さい天井を貼るのにも一苦労でしたが、広い洋間の天井も壁も自分が貼ったんだと思うと達成感がすごかったです。

修行しているとつらいことも多い半面、できることが増えると嬉しいですよね。ちなみに今お1人で仕事をされていて、修行時代とは違ったつらさはあるのでしょうか?

責任のしわ寄せがクロス屋など仕上げの方に来ることです。工期が短いと他の職人さんも余裕がなくなり、仕上げだけではカバーしきれない事柄も仕上げ側の責任にされたり、空気がピリピリしてけんか腰になったりします。1人だと後ろ盾がないので、人間関係で悩むことも割とありますね。

ありがとうございます。これまでで一番勉強になったなと思うエピソードはありますか?

特定のエピソードがあるというよりは、さまざまな人に出会えたこと全部が勉強になっています。現場の休憩時間などに職人さんに話しかけて、気になっていることを質問したり意見を聞けたのは本当に財産になっています。小さいことでも意見を聞けるのは貴重で、例えばヘラの持ち方についても聞いたことがありますよ。

現場にはクロス屋以外の人も集まっているので、水道屋や電気屋などの人にも積極的に話を聞きましたね。例えばスプリンクラーには簡単に外せるプラスチックの部品がはめ込まれているのですが、これを知っているのと知らないのではクロス貼りに大きな違いが出てきます。クロス屋の中でも知らない人がいて、外さずに貼ってしまうとクオリティに関わるんです。こんな感じでそれぞれの分野の情報を聞いたり、効率的なやり方を聞くことでどんどんクオリティを上げていくようにしていました。他の分野の話を知っていると、現場でも意見も言いやすくなりましたね。

若いときから独立して1人でお仕事をされていると思いますが、独立しようと思ったきっかけはありますか?

人との繋がりで独立するに至ったので、大きなきっかけはなかったです。会社は技術を学んだり修行の場という捉え方をしていたので、ある程度学んでから自然と独立した感じです。独立すると給与が上がりますし、自分でやりたい仕事を選べるのが魅力だと思います。

クロスや内装は部屋の雰囲気作りで重要なポイントだと思うのですが、トレンドや流行り廃りがあるのか気になります。

ホテルライクなおしゃれな部屋にしたいという人が増えたのと、自分だけの空間を演出するというか、カスタマイズしたい方が増えましたね。在宅勤務の人が増えたからか、今まで好まれていた明るくて白っぽい、ザ・住宅という部屋よりも、北欧風のくすんだ色を使ったりしてセンスの良さを演出したい人が増えた気がします。そういう方は壁紙に限らず造り付けの大きなデスクや家具や収納、間接照明など、全体に気を遣っているようです。

あとは光を使って高級感を演出したいという要望も目立つようになっていて、間接照明をつける場所が多様になっていると感じます。かまちの1段上がったところやトイレの目隠し、リビングの天井に沿うように間接照明をつけるなど、見えづらい部分に光を仕込むことが多くなっています。

また、これまでは部屋数が多くて全面に白いクロスを使用するのが人気でしたが、今は部屋数を減らしてシンプルに広い空間を作りつつ、壁紙で特別感を演出するのが流行のようです。壁紙デザインを2面で変えて工夫する方もいます。広い空間を確保したり間接照明を用意するのはお金がかかるので、気軽に雰囲気を変えたいときはまず壁紙から変えてみるのも手だと思います。

思ったより流行り廃りがあるのですね。クロス屋としてお仕事を受ける中で、どんな心掛けをされていますか?

クロスの模様や種類はお客様が先に決めているので、できるだけ早く綺麗に貼ることを心掛けています。折り皺がつきやすいものや、壁紙と壁紙の合わせ目が浮きやすいものなど扱いづらいクロスももちろんあるのですが、そこは腕の見せ所ですね。

22年間のご経験の中で、おもしろかった案件をお聞きしたいです。

ぱっと思い出せるのは3つですね。1つは、扉の枠にも壁紙を貼るという案件です。枠には何も貼らないのが普通なのですが、枠を目立たないようにしたいという珍しい案件でした。

2つ目は、住宅展示場で戸建1つを1日で仕上げたことです。短期間で一気に建てるので、職人さんたちが大量に一堂に集められて作業をするんです。クロス屋だけで約20名集まって、完全分業制でひたすら寸法合わせと糊をつける人、ひたすらクローゼットを貼る人などに分かれて造り上げました。知らない職人さんたちが大勢集まって声をかけながら作業するのは新鮮な体験でしたね。

3つ目は大きくて湾曲している壁にクロスを貼った案件です。その面にプロジェクトマッピングで映像を写したいとのことだったのですが、足場が満足に取れず、しかも繊細なジオラマのすぐ横で作業をしなければならなかったので内心とてもヒヤヒヤしました。店舗だったため営業時間が終わってから1人で作業することになり、夜から朝まで作業することになってなかなか大変だったのが印象深いです。

独立に際して、ご自身の強みや得意なことを教えてください。

クロス一筋22年なので、経験と実績、クオリティ、丁寧さには自信があります。クロスは時間が経ったら貼り替えるものではありますが、お客様に満足してもらえるクオリティをどれだけ長く保てるかを大事にしているので、見えない努力を惜しまないところも強みです。

実績を積み重ねてなお見えない努力を惜しまないのは素晴らしいですね。今後の展望や目指す姿はありますか?

オーラのある人になりたいです。オーラのある人って、仕事ができて人間性もよい人だと思うんですよ。その両方を持っている人になりたいと思います。

お話を伺う中で人のことを大切にされているのを実感しましたし、仕事へのひたむきさも持ち続けていらっしゃって、これからもっとオーラを増していかれる方だなと感じました。本日はありがとうございました。
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